佐藤智恵「 ハーバードの日本人論」を読んで

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感想

著者はハーバード大学の日本に関する講座を持つ教授の著書やインタビューから日本人論を展開しています。

主な視点として、「日本人はなぜ細部にこだわるのか」「日本人はなぜロボットを友達だと思うのか」等です。

興味を引いたのは、「日本人はなぜ周りの目を気にするのか」です。そのルーツは江戸時代の武士からであり、当時の武士は藩を離れて生きていけません。だからつつがなく役目を全うするために、上役に気を使うなど、「世間体」を重視したそうです。

私はそれに加えて、閉鎖的空間で移動の自由がなかったことも要因だと思いました。


 日本人が他人の目を気にしていった経緯

日本は他国と比べて、日本人論や他国から見た日本に関する書籍が多い。このことから著者はハーバード大学の日本に関する講座を持つ教授の著書やインタビューから日本人論を展開している。

日本人が他人の目を気にするのは、近世からの政治、経済、文化が影響していると感じた。江戸幕府鎖国を行い、外国との交流を1ヵ所に絞った。諸外国との交流がないため、人の流れは国内だけになる。しかも当時は二重鎖国ともいえる政策を行っているため、他藩への移動はあまりない。

当時の武士は藩士として暮らす以外に生活のすべがない。上役とうまくやっていき、仕事をつつがなくこなす以外に生きていけなかった。その結果、周りに合わせて行動するようになった。農民や商人も同様に移動の自由がほとんどないため、同様に他人の目を意識して行動するようになった。村八分されると精神的にも経済的にも困窮するからだ。

明治維新となり、諸外国に追いつくために開国・開化政策を明治政府は行い、封建的な束縛から解放され、職業の選択や移動の自由は認められた。

しかし、諸外国からの侵略を防ぐために、明治政府は富国強兵、殖産興業政策を進めた。組織化された軍隊や企業の構成員として務めを果たすことができる人材を育成するために、学校の制度の内容が整備された。そのような社会で、我が子が少しでも生きていけるように、親たちは子供に対し周りと合わせるように教育をしていった。

戦後も企業を中心に高度経済成長を行ったため、他人の目を気にする文化は継続されている。



本書からの引用

 

 なぜ日本映画は善悪を明確にしないのか

総じて日本映画は、「善対悪」をはっきり描かないとは言えると思います。この人が「善」で、この人が「悪」である、とは決めつけないのです。多くの日本映画の根底には「善の中には悪があり、悪の中にも善がある。例えば悪者であっても、その行動を起こすのには相当な理由がある」という考え方があります。 

 

 なぜ日本人はロボットを友達と思うのか

日本人はなぜロボットを友人だと思うのか。その要因として、神道の影響を挙げる学者もいます。日本人は、動物、植物のみならず、物にも魂が宿ると考える、と。

もちろんそれもあるでしょうが、私は日本人が歴史的にテクノロジーを「理想的な社会を実現するのに不可欠なもの」と捉えてきたとことと深い関係があると分析しています。明治維新の後、日本は近代化に成功し、豊かな国になりました。国民自体が「テクノロジーは国を豊かにする」と信じていなければ、経済成長は実現できなかったでしょう。 

 

 欧米人の人型ロボットへの違和感

一般的に欧米人はテクノロジーに対してアンビバレントな感情を抱いていて、「テクノロジーは人間の役に立つが、信じすぎるのは危険だ」という思いがどこかにあります。 またアメリカには、「人間型ロボットは奴隷制の歴史を彷彿させる」と、存在そのものに抵抗を示す人もいます。 

 

 日本アニメの魅力

「悟空は何があっても前向きです。どんなに強敵が現れても 『わくわくするぞ!』と言って立ち向かっていくし、困難なことがあっても『松任店一家!』と楽天的に考えます。それに強くなるために修行を怠らないところもかっこいいと思いました」 

 

 芸術鑑賞に必須なもの

視覚芸術に触れる時に重要なのは、音楽や文学と同じように時間をかけることです。小説を最後まで読むためには数時間かかるでしょうし、交響曲を聴くにも1時間くらいは必要でしょう。同じように絵画を理解するにも、その世界の中にどっぷり浸かる時間がいるのです。 

 

 なぜ日本人は細部にこだわるのか

若冲は三十代後半に仏門に帰依し、在家の仏教徒となります。彼の仏教徒としての世界観は、作品に大きな影響をもたらしました。若冲は「絵画のどの箇所も全て同じように大切だ」と信じていました。絵画のどの部分にも「仏性」が宿っていると考えていたからです。仏性がある、ということは、悟りを開いて道理を会得する力があるということです。それゆえ若冲は、仏性を持つものは全部、平等に扱わなければならないと考えていました。 

 

 タテ社会の人間関係

日本人は集団組織と縦のつながりを重視し、個人の持つ「資格」よりも、その個人がどの「場」に所属しているかを見て、人を評価する傾向があると中根名誉教授は分析しています。他国では、人は個人の実力や職業そのもので社会から評価されますが、日本の場合、出身校や勤務先で社会的な評価が決まってしまいます。 

 

 なぜ日本ではこれほど「場」が重要視されるのか。

その理由の一つが、他者に対する警戒心が強いことです。社会心理学者の山岸俊男は、「日本人はアメリカ人と比べると『 自分がよく知っている人』『自分と同じグループに所属している人』を信頼する傾向が強く、グループの外にいる人を警戒し、信頼しない傾向が強い」と結論づけています。 

 

 人の目が気になることのルーツ

江戸時代の武士が何よりも重んじたのは「世間体」

毎日城へ行って定時まで働いて家に帰る。城は今で言う役所であり、その内部はまさに官僚組織そのものでした。 しかし、罰則は今よりもずっと厳しく、万が一失敗すれば、最悪、切腹を命ぜられることもありました。そのため、上司にうまく取り入れながら、つつがなく仕事をすることが、武士として唯一生き残る道だったのです。