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感想

著者の作品は米国人にも読まれています。ハーバード大学名誉教授の分析によると、「米国人は『村上は、私のために書いてくれる』と登場人物に共感しているからだ」といいます(ハーバードの日本人論より)。

読み始めると、確かに本の世界にスッと入ることができました。多くの人にとっての心の「ベン図」の重なった部分の中で、著者は作品の世界を構築しているからだと思いました。

前述の名誉教授も「村上の頭脳と読者の頭脳が文学的インパクトでつながっている」とも言っています。



本書からの引用

 

 著者の日常

私にとって料理を作るのは苦痛ではない。昔から変わらず手仕事が好きだった。料理を作ったり、簡単な大工仕事をしたり、自転車の修理をしたり、庭仕事をしたり。 

 

 運動の日課 

免色はどうやら洗濯物を持参したようだった。多分毎朝この時刻に1日ぶんの洗濯をするのだろう。彼は洗濯機に洗濯物を取り込んで、洗剤を入れ、ダイヤルを回してモードの設定し、開始のスイッチを押した。

 それだけの作業も済ませると、彼はジムのエリアに移って、マシンを使って運動を始めた。洗濯機が回っている間に運動をするというのがどうやら彼の朝の日課であるらしかった。運動をしながら、彼はクラシック音楽を聴いた。天井に取り付けられたスピーカーからバロック音楽が聞こえてきた。バッハかヘンデルかヴィヴァルディ、そんな音楽だ。

 

 洗車

「特にやることがない時には、自分で車を洗うようにしています。隅々まできれいにします。 」

 

 ランチメニュー 

メニューが運ばれてきて、我々は何のコースを注文した。生ハムの前菜と、アスパラガスのサラダと、アカザエビのスパゲティ。

 

 歳を取ることについて

「いい年をとっていくのは強くありませんか?ひとりぼっちで年をとっていくことが?」「私は確実に歳をとって行きます」と免色は言った。「この先体も衰えるし、ますます孤独になっていくことでしょう。しかし私はまだそこまで年をとった経験がありません。どういうことなのか、おおよその見当はつきますが、その実際を実際に目にしたわけではありません。そして私はこの目で実際に見たものしか信用しない人間です。ですから自分がこれから何を目にすることになるのか取ってそれを待っています。得に怖くはありません。それほどの期待もありませんが、いささかの興味はあります 」

 

 死ぬことの怖さ

「でも自分がただの土塊あることに、恐怖を感じたりすることはないのですね?」「私はただの土塊ですが、なかなか悪くない土塊です」、免色はそう言って笑った。

「ですから生きている間は精一杯行きます。自分に何がどこまで出来るかを確かめてみたい。退屈している暇はありません。私にとってとって恐怖や空虚さを感じないようにする最良の方法は、何よりも退屈をしないことなのです」